ただし、冒頭からピアノが4拍3連の連符を弾き、トップのバイオリンが3拍に感じられるであろうゆるやかなパッセージを奏でる。と思ったら、クラリネットがこのコンビネーションの中で旋律を前に引っ張っていくようなリズムをギミックのように表現している。なおかつ、このクラリネットのカウンターパートにバイオリンのトップノートは1小節目の最終拍で減5度で音をぶつけている。そうぶつけているのだ。
これは聞く人によっては強烈な不協感とインパクトを与えるだろう。加えてリズムのギミックはポリリズムの展開を見せ、果たしてこの音楽はどういうビート感を伴っているのか? とまどうに違いない。唯一、聞き分けが容易なのがピアノの3連符の強烈なインパクトだ。
これは、いわゆるアルゴリズムにより作られた音楽だそうだ。
作られたというより、ほぼインプロビゼーションの雰囲気に近いもののようにも思える。 音楽は、基本的に数学であり時間芸術だ。つまり、時間と周波数の高さを数理的に定義してはじめて成り立つものだ。このあたりが絵画や文学とは違った性質を持つ。そういう意味では、音楽は次元の設計に他ならず論理には極めてマッチする。
この試みは決して目新しいものではなく、かつて、ピエール・ブーレーズの音楽や、もしかしたらジョン・ケージも、そして、あのイゴール・ストラビンスキーの「春の祭典」で対数の分析から導き出された音楽たちで、その効果を追体験することが可能である。
そして、件の記事を追っていくと生活の音楽を提案している。これはまぎれもないエリック・サティの環境音楽の思想そのものだろう。 おもしろいことに音楽は一定の周期で、まるで波のように解釈や焼きなおしというムーブメントが必ず起こるが、このようなアルゴリズムが自立して紡ぎだす音楽が、今後のトレンドになるのかもしれない。
果たして、このアルゴリズムの音楽はどのような展開を見せるのか?
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